かの死について

前から好きな絵描きとして狩野芳崖を上げるとときに付きまとう
気恥ずかしさは何なのかなあ?とよく思っていた。

率直に言ってしまえば、狩野芳崖氏のあまりにも直球勝負
すぎる表現から来るものだと思う。

木挽町狩野家の二神足と歌われる氏の表現はひとえの『根性』にある。

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若い頃の作品は描画に対するその必要な姿勢からしばしば不格好な印象さえ与える。
そして年を取れば取るほど『根性』に拍車がかかり、遺作の【悲母観音】
はいつの間にやら日本画の記念碑的な作品として扱われることが多い。




自身のピークを遺作にまで引っ張ることのできる作家がどれほどいるのだろうか? 
その一点においてさえ氏の『根性』には頭が下がる。
そんなこんなで氏の悲母観音についてちょっと考えてみた。
構図や色彩においては、フェノロサの影が色濃く感じられる。


では狩野芳崖自身の感覚はどこに生きていたのだろうか?
そこで出てくるのが上記したモロー作【サッフォーの死】である。
狩野芳崖自身このモローなる画家の作品集なりなんなりをおそらく
フェノロサから見せてもらって、自身の持つ描写への必要な
『こだわり』の依拠を探り当てたかもしれない。
今まで見た事の無いものを見たときの素直な視線を
氏は文字通り素直に表現してみせた。




狩野芳崖は宗教家や思想家として仏画に取り組んだというよりも、
その当時まだ新しい概念としての『日本画』の確立を志していた。
宗教心よりも芸術への眼差しの方が強かったように感じられる。
というような指摘が佐藤道信先生の著書【〈日本美術〉誕生】
の中でもふれられていたような気がする。
 



ここで話をさらに興味本位から拡大してみようと思う。



間違いなく同じ時代に生きていた二人の画家が何を思い
この二枚の作品を描いたかを思ってみる。
サッフォーは紀元前6〜7世紀に実在した女性詩人。
画中では恋愛のもつれから崖から身を投げている真っ最中です。
投身自殺中です。




モローは産業革命以後の世界を生きています。
アカデミズムから距離をとったモローは作品の中で神話や宗教画の伝統を
個人の物語として置き換えた。その感覚はまさにニーチェよろしく
『神は死んだ』以後の世界を生きていく予定を物語っているようにも
見えます、、、たぶん。
モローはその後の世紀末美術にも大きく影響を与えたそうです。





そんなこんなでモロー作品には、19世紀のヨーロッパに流れている
厭世的なムードが漂っています。
そんな刹那的な表現を狩野芳崖氏は当時の日本に流れていたであろう、
明治維新、文明開花といった真逆の地点から【サッフォーの死】を
観たのかもしれません。
それくらい真逆の解釈をしているように私には見えます、、、いやむしろ
当時ヨーロッパの底辺に流れている退廃的なムードなんか
ちっとも分かってなんかいなかったと思う。




19世紀以後、天皇という(ある種の神様)君主制を敷き、
欧化政策をとり、文化とは?絵画とは?と勢いづく日本の中
で描かれた【非母観音】。
一方それに影響を与えた、同じく19世紀産業革命後の反サロン、
アカデミズムの退廃的な絵画【サッフォーの死】。




平易な言い方をすればサッフォーは落下する『神の死』
もしくは『神の失墜』が描かれているように見える。
それを見た極東の国の絵師は仏様の姿(注1)を借りてはいるが
非母観音は雲に乗り飛翔する『神の再臨』として描いているように見えてくる。
【観音下図】でも明確に描かれている背中の羽が両者の解読に決定的な
食い違いをもたらしているようには見えないでしょうか?




この食い違いは非母観音を見るたびに、技術的な到達点としての
【非母観音】と日本美術史の上での【非母観音】を理解する上で
私は何かややこしい綾を感じてしまいます。


日本絵画の諸派を日本画へと統合するといった理想を画面へと押し込めた、
修行の成果としての問題とは別にこの大いなる食い違いがその後日本画に
及ぼした影響はとても大きいように思える。




西洋人にとっても浮世絵や伊藤若冲の作品にオリエンタリズムを感じ
取ったのと同じようには【非母観音】を理解しなかったのではないでしょうか?
この何か釈然としない感じは日本画家と名のる私にとっても
何か入り口の地点でちょっと間違ってない?
といった感覚を抱かずにはいられない。




その作品が現れた後では全てのものが古いものになってしまうような
エポックメイキングな作品がある。
非母観音も当時多くの亜流を生み出したが、現在に渡りその新たな
チャレンジはそれ以前の全てを古くしたような感覚はない。
むしろ【非母観音】はそれ以前のフォーマットをよく踏襲している。
秀作のような傑作ではないだろうか?と思ってしまう。



いろいろ書いてみたけど、基本思いつきです。
本当のとろろ 【サッフォーの死】という作品を見つけたときに
感じたインスピレーションで書いてみました。
二枚の作品の因果関係を詳しく知っている方教えてください。



余談ですが、以前観た『長州ファイブ』という映画の中で,イギリスに密航した
伊藤博文と山尾 庸三が、現地の娼婦と耳の聞こえない労働者の女性にイギリスの
ような文明国になりたいと言った趣旨のことを述べると
「ここが文明国ですって‥」
と言って女性が悲観する場面がありましたが、そのチグハグな会話にも似てる
ような気がしました。ちなみに山尾 庸三は工部美術学校の創設者です。



みんなの生きていた時代

狩野 芳崖       1828—1888
ギュスターヴ・モロー 1826−1898
山尾 庸三       1837−1917
神仏分離例      1868
『ツァラトゥストラはかく語りき』
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ1885



(注1)もちろん明治ですので、廃仏毀釈(1868—1870)
などがありますから、結構無茶を書いてますよ。本地垂迹説なんかもあるしね。



四宮義俊公式サイト
http://shinomiya.main.jp

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by shino-miya | 2010-06-05 22:12 | アート


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